英語ビジネスレベル最短への道 海外移住・海外就職ブログ

延べ5000時間以上英語の勉強に費やした僕が英語の上達法やマインドセットをシェア。現在カナダ在住。3つの国に移住した経験を活かし、海外移住・海外就職に役立つ情報を発信中。Sponsored by PronunciationPro,Lingoda.com,Grammarly,italki

海外生活で得られる「心のゆとり」

日本のコロナに関するニュースを見ていて思うのは、

日本人は心に余裕がない人が多いということです。

 

自粛を守らない人たちへ嫌がらせをしたり、

マスクをしている店員に罵声を浴びせたり。

(マスクは予防のためではなく他人にうつさないためなのだが...)

 

カナダは日本の自粛よりももっと厳しいロックダウンが行われていますが、

そのような愚かな行為をしている人は誰もいません。

 

おそらく他の国でもそのような人はほとんどいないでしょう。

 

心に余裕がないというのは、「許せるものの数が少ない」ということです。

 

許せるものの数が少ないと人生はどんどん苦しくなっていきます。

 

100のうち90許せる人と、100のうち10しか許せない人なら、

前者のほうが幸福度は高いでしょう。

 

100のうち10しか許せないということは、

人生の90%は何かに怒りや恨みを感じているということです。

 

それらの感情を手放せば楽になれるのに、です。

 

要するに自分で自分の人生を苦しいものにしてしまっているということです。

 

 

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寛容性の低い国「日本」

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日本人は他者に対する寛容性が極めて低い国民性があります。

その原因は「すべき」や「ねばならない」といった観念が多すぎることです。

 

例えば、電車の中で電話をしている人がいたとします。

 

その人を見た時に怒りを感じるのは、

「電車の中で電話で話してはいけない」という観念を持っているからです。

 

原因は相手にあるのではなく自分の観念にあるということです。

 

僕は昔からずっと疑問に思っていたのですが、

電車の中で口元を覆い隠して小声で電話したら怒られるのに、

なぜ友達と(普通の声量で)おしゃべりしているときは怒られないのでしょう?

 

「迷惑」という尺度で考えるなら後者の方が迷惑のはずです。

 

電話で話しているのは優先座席付近でない、という想定です。

 

携帯電話を使うのがダメだというなら、

スマホの画面を見ている人は全員アウトになります。

 

にもかかわらず、電話で話している人にだけ怒りを感じるのは、

「電車内で電話で話してはいけない」という観念を持っているからです。

 

ただそれだけです。

 

もし「電車の中は私語厳禁」という観念を持っていたならば、

友達をおしゃべりをしている人も許せないはずです。

 

でも彼らのことは大して気にならないのに、

電話で小声で話している人だけはどうしても許せない。

 

なぜでしょうか?

 

迷惑レベルであれば友達とのおしゃべりの方が迷惑です。

携帯電話を使うのがダメなら、スマホの画面を見ている人は全員アウトです。

 

結局物事の本質をとらえることなく、

「電車の中で電話で会話してはいけない」という観念だけを持っているから、

彼らのことを許すことができないのです。

 

でも、それでイライラして損をするのは自分です。

 

世の中にはマナーの悪い人なんて腐るほどいます。

 

そんな人にいちいち腹を立てていたらきりがないし、

イライラすることによって自分の大切な時間をイヤな気分で過ごすことになります。

 

「そういう人もいる」

 

ぐらいに適当に受け流してもう少し寛容になればいいんです。

 

この寛容性の低さによって、

日本人はどんどん心が貧しくなっています。

 

日本行のフライトで赤ちゃんが泣いていると、

舌打ちをしたり睨みつけている人が必ずいます。

 

ひどい場合になると、「黙らせろ」と大声を上げる人までいます。

 

そんなことをしているのは世界でも日本人ぐらいです。

 

「NO]と「ダメ」が多すぎる日本人

なぜ日本人の寛容性がここまで低いかと言うと、

子供のころからたくさんの「NO」と「ダメ」を浴びせられてきたからです。

 

たくさんの「すべき」があるということは、

同じ量の「すべきでない」があるということです。

 

子供のころから「○○してはいけない」、

「○○しないといけない」という価値観を押し付けられ、

その価値観にそぐわないものはすべて悪と刷り込まれてきたのです。

 

日本の学校には校則というものがありますが、

そのうちのほとんどは存在意義がよくわからないものばかりです。

 

なぜ「前髪は○○センチ上まで」なのか、

なぜ「靴下は白しかダメ」なのか。

 

その理由を聞いても「校則だから」という答えしか返ってきません。

 

このような教育を子供のころからされていると、

思考停止状態に陥ります。

 

「なぜ?」を問わなくなるのです。

 

なぜ思考停止状態に陥るかと言うと、

「ルールだから」です。

 

「ルールだから」というだけで考えることをしなくなるのです。

 

なぜ就職活動をするときは紺のスーツでないとだめなのですか?

 

実際会社で働くときは紺色のスーツなんか着ませんよね?

 

服装は個性を判断する重要な要素です。

 

ならば面接時の服装を自由にしたほうが、

「人となり」がわかるので採用する側にとってもメリットがあるはずです。

 

企業は個性のない「従順な思考停止人間」が欲しいのでしょうか?

 

でも雇う側も雇われる側も、

そのことに疑問を感じている人はほとんどいません。

 

それは雇う側も雇われる側もそういうもの」だと考え、

思考停止状態になっているからです。

 

「ダメ」と「NO」がやたら多い日本ですが、

その理由について考える人は少ないです。

 

なぜ女性の茶髪はOKで男性の茶髪はNGなのでしょうか?

 

僕は先輩に茶髪を注意されて、

そのように聞き返したことがあります。

 

その先輩は何も答えることができませんでした。

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「日本の常識は世界の非常識」という言葉がありますが、

日本の中にいるとそのことに気づくことは難しいです。

 

たくさんの「NO」と「ダメ」が日本人の心のゆとりを奪っています。

 

でも、その「NO」や「ダメ」は必ずしも正しいとは限らないのです。

 

海外生活で得られる「心のゆとり」

 

実は僕自身も非常に寛容性の低い人間で、

たくさん失敗してきました。

 

特に海外移住したてのころは「日本の常識」を現地の人たちに強要し、

たくさん嫌な思いをしたしさせてきました。

 

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海外の国は日本と違って多様性があります。

 

そのため他人に関する寛容性が高いです。

 

様々な国の人が同じコミュニティで暮らしているので、

自分の価値観にそぐわない考えを持っている人がいるのが当たり前だからです。

 

僕も最初のころはその多様性を受け入れることができず、

イライラすることがしょっちゅうありました。

 

でも、慣れてくるとそういうことはまったく気にならなくなります。

 

引っ越してきて1年で火災報知器が9回鳴り、

早朝だろうが深夜だろうがその度に19階からロビーまで避難し、

管理会社やコンシェルジュから何の状況説明がなく

部屋に返されても何とも思いませんでした。

 

それは僕だけじゃなく他の入居人も全員そうです。

 

誰一人としてコンシェルジュに詰め寄っている人はいませんでした。

 

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これが日本だったら絶対に「どういうことか説明しろ!」とか、

「謝罪しろ!」みたいな大声を上げる人が必ずいる状況です。

 

そりゃこっちの人だってイライラしていると思いますよ。

 

1年間で9回も火災報知器が鳴って避難させられているわけですから。

 

でも「謝罪しろ」と詰め寄ったところで、

おそらく言い訳ばかりで謝罪はしないし、

謝罪なんかもらっても嬉しくないからです。

 

僕もそういう無駄なエネルギーを使わないようになって、

人生がとても楽になりました。

 

今では昔の自分から考えると信じられないぐらい、

他人に対して寛容性を持てるようになりました。

 

何度も言いますが、他人に対して怒りを感じて損をするのは自分です。

 

その感情を「許す」という行為を通じて手放すだけで、

人生はとても軽やかになるんです。

 

自分の時間とエネルギーは自分のために使いましょう。

 

なんかメインブログみたいな内容になってしまいましたが、

コロナのニュースを見ていて日本の将来が心配になったので、

このブログにも書くことにしました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

こちらの記事で海外移住のメリットデメリットについて解説しています。

 

 

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