カナダで2人、僕と息子が歩く道

離婚してシングルファザーになった著者がカナダで息子を育てる生活日記

今でもまだ、そこにいる気がして

 

夜遅い母親の帰りを待つ次男



すべての出来事には意味がある。

 

 

いや、出来事そのものに意味はなくて、

ぼくたちがプラスやマイナスの意味づけをしている。

 

 

悲観的に見える出来事が

その後の幸福につながっていたり、

その逆もまたしかりだ。

 

 

離婚はぼくにとってつらい出来事だった。

 

 

リアリティがないというか、

妻と次男がいなくなったという実感がない。

 

 

今でもまだそこにいるような気がする。

 

 

 

でもふと我に返り、

 

 

「もう終わったんだよな...」

 

 

と現実に引き戻される。

 

 

きっとこの出来事にも意味がある。

 

 

神様がぼくに与えてくれた試練。

 

 

ぼくにとって必要だったからこそ、

起こるべくして起こったことだと思っている。

 

 

だからありがたく受け取るしかない。

 

 

ぼくにとって悲しいことは、

まだ幼い次男がカナダの思い出や、

ぼくや長男の存在を忘れてしまうこと。

 

 

記憶から完全に消えることはないだろうが、

彼の中でその存在は薄れていくことだろう。

 

 

でもそれを悲しいと思うのは、

ぼくの心がそういう意味付けをしているからだ。

 

 

出来事そのものに意味なんてないのだから...。